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11月30日(火) 渋柿隊解散。

 今月の初めに、渋柿をベランダに吊して、干し柿作りを始めた話を書きましたが、あれから3週間余り経ち、こんな具合になりました。「アレ? 前の写真では、もっとたくさん吊してあったような気が……」とお思いの方、あなたの記憶は正しい。まともに出来上がったのは、こんなに少なくなってしまったのです。
 というのも、晩秋とは思えぬ陽気が続いて、乾燥した北風があまり吹かず、その上に雨がやけに多かったため、吊した柿の半分以上がカビてしまったのでした。雨に濡れないよう、早々に屋内に取り込んだり、晴れたらまた吊したりと、少々手間をかけただけに、がっかりです。
 確かに「がっかり」ではあるのですが、少ないながらも何とか出来上がった干し柿は、食べてみると大変甘く、美味しく仕上がりました。

 それにしても「渋柿を干すと甘くなる」ってことを、最初に発見したヤツは偉いですね。聞いた話では、砂糖がまだ伝わっていなかった平安時代には、この干し柿が甘い食べ物の代表格で、祭礼の供物としても用いられたそうですから、歴史は相当古いことになります。でも、一体どういったきっかけで発見したんですかねェ。

 考えてみれば、見た目は、とてもじゃないが、食欲をそそる姿形とは思えません。それを口にしたのですから、よほど食い意地の張った、ロクなヤツじゃなかったことは間違いないでしょう。
 しかし、そんなロクでもねェヤツが、結果として、日本の食文化に新たな1ページを加えたのですから、世の中ってなァ、わからんもんです。

2004-11-30

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11月28日(日) きつねうどん頂上決戦(本選)

 いよいよ本選の日がやって来た。穏やかな日曜の昼下がり、カップきつねうどん2横綱の決戦を開始する。かたや東洋水産『赤いきつね』、こなた日清食品『どん兵衛』。勝つのはどっちだ!

 まず、カップに記載されている内容量を確認。『赤いきつね』は96g、『どん兵衛』は97gとある。1gの差は何に起因するのか……。蓋を開ける。ウ〜ム、揚げは乾燥した状態でも、『どん兵衛』の方が厚いことがわかるゾ。これが重量差として表れているのだろうか。
 どちらも粉末のつゆが付いているが、ここでも違いを発見した。『赤いきつね』には七味唐辛子が付いているが、『どん兵衛』には付いていない。七味が「付いている」ということは「七味を入れて食べてね」ということであり、「付いていない」ってことは「七味なんか入れなくても美味いよ」という、両メーカーの“意思表示”と解釈してよかろう。というワケで、『赤いきつね』は七味を入れ、『どん兵衛』は入れないで味を比較することにする。
 そして、熱湯を入れて5分待つ。カップラーメンは大抵3分だが、うどんは太さの関係からか、2分多く待たねばならない。じっと待ってみると、この時間は結構長い。

 いよいよ試食である。まず、つゆの比較。ウ〜ム……『赤いきつね』の方が若干濃くて甘め。『どん兵衛』の方は、ややあっさり系か。どちらも美味い。次に麺。こちらは、どちらも大きな差は感じなかった。
 さて“主役”の揚げである。これは明らかに『どん兵衛』の方が大きくて厚い。さすが“売り文句”にするだけのことはある。『どん兵衛』の揚げを食べた後に『赤いきつね』の揚げを食べると、「薄っ!」と感じられてしまうほどだ。味付けも『どん兵衛』の揚げの方が濃い。しかし、つゆをタップリ含んでいるので、食べた後、少々からい後味が残るのが、ちょっぴり気になる。一方『赤いきつね』の揚げは、味付けも厚さも『どん兵衛』より薄めだが、つゆが濃いめなので、うどんと一緒に食べる分には、かえってイイような気もする。
 揚げ以外の具について。乾燥かまぼこが入っているのは両製品とも同じ。大きさと数は異なるが(『どん兵衛』は1枚。『赤いきつね』には、その半分ほどの大きさのモノが2枚入っていた)、総合的には大差ないと判断してよかろう。その他の違いとしては、『赤いきつね』には小さな黄色い麩が1つ入っていた。あっても無くてもイイような具だが、こうして2商品を比較して食べると、あった方が何やら得した気分になる。

 双方のつゆを最後の1滴まで飲み干して、カップきつねうどん2横綱の戦いは終わった。ここで全体講評だが、マジで甲乙付けがたい。しかし、この「頂上決戦」に引き分けはない。判定を下さなければならない。
 そして熟慮の末……オレは『赤いきつね』に軍配を上げることにする。理由は単に『赤いきつね』の甘めのつゆがオレの嗜好に合う……ということだけである。『どん兵衛』の揚げにも心引かれるのだが、今回はこういう結果とさせていただいた。『赤いきつね』よ、おめでとう。そして『どん兵衛』ファンの皆さん、ご容赦願いたい。

 それにしても、終了後につくづく反省したのだが、いくら比較検討のためとはいえ、カップきつねを2つも同時に完食するものではない。見た目よりもキツいゾ。少なくとも、40代半ばのオヤジのすることではない。フゥ〜 (*o*)。

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11月27日(土) きつねうどん頂上決戦(前夜祭)。

 オレは特段そうでもないのだが、世の中には格闘技好きが多いようで、先だって書いた「袋麺頂上決戦」が、思いのほか好評だった。「今までの中で一番面白かった」とのメールもあって、「じゃあ、恥を忍んで公表した失敗談の数々は何だったんだ」という気もしないではないのだが、誉められればやっぱりウレシイのは確かなので、調子に乗って“第2弾”を企画することにする。で、何を対決させるかだが、少々安易ではあるが、同じ“麺つながり”で「カップのきつねうどん同士を戦わせよう」と思い立ち、早速近くのスーパーへ買いに出かけた。

 カップきつねうどんの2大横綱といえば、言うまでもなく『赤いきつね』(東洋水産)と『どん兵衛』(日清食品)である。この2つも歴史が長い。例によって、両社のホームページを調べてみたら、『赤いきつね』は昭和53年(1978年)の発売(ただし、前身の商品が、昭和50年から発売されている)、『どん兵衛』は昭和51年(1976年)の発売とあった。どちらも30年近く売られ続けていることになる。
 興味深いのはテレビCMで、知っての通り『赤いきつね』は、一貫して武田鉄矢を起用し続けている(「戦車が恐くて赤いきつねが食えるか!」のCMを見た記憶があるかどうかで、世代がわかるような気がするな)。一方『どん兵衛』は何度か変わり、現在は中居正広がやっているが、CM中で中居クンが唄う歌のメロディーは、発売初期のCMで、山城新伍と川谷拓三が登場する際の“出囃子”として使われていた(♪どんぶりばちゃ浮いた浮いた……ってヤツね)。どちらも、いかにもロングセラーらしい。

 もっと面白いのは「味」で、よく知られている通り、うどんのつゆは東西で味が著しく異なるため、どちらも「東日本向け」と「西日本向け」を分けて販売しているという。その“境界”が気になるところだが、これは両方とも共通していて、太平洋側は三重県、愛知県、岐阜県から東が「東日本向け」、日本海側は富山県までが「西日本向け」なのだそうな。
 こんな具合に、カップうどん1つ取っても、調べてみると興味深い話が次々に出てきて、非情に面白い。

 というワケで、両方を買ってきた。いろいろウンチクを垂れたところで決戦に入るワケだが、その結果は明日付けの日記に書くことにするので、乞うご期待。

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11月25日(木) 麻布十番、ちょびっと散歩。

 麻布十番駅近くにあるF社(広告会社)での用事を済ませた後、次の予定までちょっと時間があったので、久しぶりに麻布十番の街を歩いてみた。ちょうどお昼時だったせいか、平日の割には人通りが多いように思えたが、地下鉄の駅が出来て以来、それ以前より人出が多くなったことは間違いないらしい。かつては芸能人の“隠れ家”的な店も多かったそうだが、そうした店に一般客が多く来るようになったため、足を向けなくなった芸能人も少なくないという。一概にイイワルイは言えないが、まァ、何事も「変化」には、ある種の寂しさが伴うものだ。

 ブログ化する前の日記に書いたことがあるが、ボクがこの街を初めて歩いたのは、河原淳先生のイラスト教室に通っている時である(確か季節も今ぐらい……12月の初めだった)。当時はまだ麻布十番駅はなかったから、六本木駅から延々と歩かなければならなかった。
 当時は「麻布十番」の名だけは知っていたものの、どんな街なのか、見事なくらい何も知らなかった。着いた時の第一印象は「ただの商店街じゃん!」。しかし、受講生仲間から、有名なたい焼き屋とか老舗の煎餅屋などを教えてもらい、また、あちらこちらを歩き回っているうちに、なかなか魅力的な街であることがわかってきた。確か「魅せる商店街」といったテーマで、課題のイラストルポをまとめた記憶がある。

 そんな昔の事を思い出しながら、写真を撮りつつ、麻布十番駅→環状3号線→麻布十番商店街→パティオ十番→大黒坂と歩き、暗闇坂と一本松坂、狸坂の分岐点で折り返して麻布十番駅に戻る、正味30分ほどの散歩。歩いているうちに、後日改めて、ゆっくり歩き直してみたくなったのであった。

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↑環状3号線から六本木方面の風景は、何となく香港を連想してしまいます。
 ・「赤い靴」のキミちゃん像は、クリスマス用の飾り付けがしてありました。→写真を見る
 ・麻布十番から元麻布へ抜ける「大黒坂」です。東京の坂道は、何やら風情があってイイですね。→写真を見る

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11月24日(水) 胸騒ぎの経過後

 今月の初めに「腰を痛めた」という話を書きましたら、多くの皆様から「大丈夫ですか?」とメールをいただきました。ご心配下さり、どうもありがとうございます。ようやく全快いたしました。

 それにしても、結局“全治約3週間”ですよ。医者は「大したことない」と言ってましたが、これほど長引くと、診断結果を疑うわけではありませんが「ああ言ってはいたが、やっぱり何かおかしいのではないか」と心配にもなります。ただ、ケガも病気も、年々治りにくくなっているのは確かなワケで、つい「やっぱ年かなァ」とつぶやいてしまうのは、我ながら悲しくなります。
 でも、痛いからといっても、ずっと寝てるわけにはいかないワケで、日々、立って歩いて過ごしながら治癒するのを待たなければいけないのですから、完全に痛みが引くまで、多少日にちがかかるのもやむをえないのでしょう。それに今回は、治りかけてきたところで『大水木しげる展』に行って、2時間近く立ちっぱなしになり、それで痛みがぶり返した……ってのもありますしネ。

 いずれにしろ、もうちょっと鍛えなければいけませんな。できれば、ジムだのフィットネスクラブだのに通ってカッコつけたいところですが、しがない物書き兼絵描きにそんな金銭的余裕はありません。だから「せめて歩こう」と努めているんですが、20分も歩くと腰が痛くなり始めます。まだまだ身体強化には程遠いです。

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11月22日(月) 若さを維持する身体の部分。

 またまたオタッキーな話題で恐縮なんですがね。

 今日付けの朝日新聞夕刊に「ドラえもん声優交代」という記事が載ってました。昭和54年(1979年)の放送開始から四半世紀に渡って声を当ててきた声優陣が、来年3月放映分を最後に一新されることになった……というのがその内容。で、そこに載っていた各人の年齢を見てビックリしちゃいました。大山のぶ代さん(ドラえもん)が68歳、小原乃梨子さん(のび太)が69歳、野村道子さん(しずか)が66歳、たてかべ和也さん(ジャイアン)が70歳、肝付兼太さん(スネ夫)が69歳だって! 「ドシェ〜」と思う反面、よ〜く考えてみれば、確かにそれくらいにはなるワ。何しろ、オレがガキの頃に夢中で見ていたアニメにも声を当てていた大ベテランばかりだもん。
 でも、コレって、ちょっとスゴくない? 年金が支給される年齢になっても、小学生を演じられるんですよ。普通の俳優だったらサ、イヤが応でも年相応の役を演らざるを得ないワケじゃない。声優は違うんだよネ。

 考えてみたら「声」って、身体の中で、唯一、年を取らない部分かもしれない。ちょっと考えてみてほしい。「若い頃と比べるとヒデぇ声になったなァ」って人、周りにいます?(男の子の“声変わり”じゃないよ)
 まァ「年取らない」は言い過ぎかもしれないけど、少なくとも、そんなに極端には変化しないように思えます。映画なんかでも、同じ俳優の昔と今の声を比べると、まァ多少は違ってるけど、そう極端には変化してないように感じられませんか?(中には丸っきり変わっちゃう人もいるけど、そんな人は大抵、酒で喉をツブしたりといった、外的要因に起因するんじゃないかと思う)

 年を取ると、皮膚はシワだらけになるし、髪の毛は抜けるか白髪になるし、骨はもろくなる。でも声だけは、若い頃とそんなに大きく変わらない……そんな部分が身体の中にあるって、何だかうれしくなりませんか?

 ところで余談だが、オレの声と姿形は、少々ギャップがあるらしい。勤めてた頃、電話ではよく話していた遠方の他支社の人に初めてあった時、「もっとオジさんかと思ってました」と言われたことがある。一体どんな声してんだ、オレ……。

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11月20日(土) 見知らぬ人と深夜のドライブ。

 昨夜は飲み会で錦糸町に行ったのだが、本来なら、どんなに遅くとも午前1時前には帰って来られるはずだったのに、家にたどり着いたのは2時半だった。酔いつぶれたわけではない。電車が止まってしまったのだ!

 飲み会は思いのほか盛り上がり、ふと気づけば11時。「こりゃ大変」と皆で急いで錦糸町駅に行ったら、市川駅で人身事故があった影響で、総武線は快速、各駅停車とも不通になっていた。30分ほどして各駅は運転再開したが、快速は止まったまま。各駅の電車も大混雑。しばらく様子を見ていたが、日が替わる直前の11時59分、意を決して千葉行きの各駅停車に乗り込んだ。

 千葉駅到着は午前0時50分頃。約1時間不通になっていたから、内房線の最終電車も、当然、それくらい発車をズラすだろうと思っていた。ところが、非情にも、とっくに行ってしまった後だった(何だよソレ!)。そこへ「臨時電車を出す」というアナウンス。だが、途中の駅までしか行かないという。それじゃ何にもなんねェじゃん! このまま改札を出て、千葉市内のビジネスホテルに泊まるか、それとも臨時電車に乗るか……かかる費用を含めてしばらく考えた後、とりあえず、行ける所まで行くことにした。

 臨時電車は1時25分頃に千葉駅を発車し、約30分後に“終点”に到着。「クソぉ〜! あとはタクシーか」と怒りながら改札へ向かうと、駅員が「当駅より先に行く方にはタクシー券を発行する」と言う。「ありがたい」と一瞬思ったが、よ〜く考えたら、当たり前じゃい!
 同じ駅に行く3〜4人でグループをつくり、それに駅員が代行輸送証明書を発行。オレは若いサラリーマン2人と組んで証明書をもらい、タクシー乗り場へ向かった。しかし、こんな時刻(午前2時)に駅前で客待ちしているタクシーなんて、そんなにいるワケがない。1〜2台行ったら、次の車が来るまで待つというあんばい。寒い中、みんな憮然とした表情で並んでいた。一人の親父が、列を仕切る駅員を怒鳴りつけていたが、まァ仕方あるまい。

 ようやく順番が来て、タクシーに乗り込むことができ、ホッと胸を撫で下ろした我々は……さっき初めて会った者同士であるにもかかわらず、妙な連帯感で結ばれ、車内はJRに対する罵詈雑言大会になったのであった。

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11月18日(木) 袋麺頂上決戦。

 ここ2、3日は、あまり大した事はなかったので、また“与太話”を。先週はカップ麺の話を書いたので、ついでだから袋麺の話も書いておくことにする(この話、以前どこかで書いたような記憶もあるのだが……まァいいヤ)。
 実を言うと、オレはカップ麺より袋麺を食べることのほうが多いのだ。ちょちょいと作ってズズッと食べる……無上の喜びである。具はゆで卵と焼き海苔さえあればOK。「野菜が欲しい」と思ったら、キャベツを少々刻み、軽く炒めて載っければよい。

 袋麺の“2大横綱”は『サッポロ一番』(サンヨー食品)と『チャルメラ』(明星食品)だ、と断言してしまって差し支えないだろう。まァ、好みは人それぞれだから、「別の品のほうが美味い」という声もあろうかと思うが、こと「しょうゆ味」に限って言えば、この「2巨頭に勝るモノなし」とオレは断言してしまう。オーソドックスな味ではあるが美味い。
 ご存じの通り、どちらも非常に歴史が長い。共に発売開始は1966年(昭和41年)だそうだから、38年も売れ続けていることになる。このジャンルも競争が熾烈だと思うが、そんな中でロングセラーを保っているということは、みんな「おいしい」と思っているってことだろう。
 サンヨー食品と明星食品のホームページを見たら、どちらの商品も、街のラーメン屋の味を即席麺で再現することを目標に開発された、という話が載っていた。『サッポロ一番』は札幌ラーメン横丁の、『チャルメラ』は東京・神田小川町の、それぞれ“某店”の味だったとか。「プロジェクトX」的だが、非常に興味深い話だ。

 さて、唐突だが『サッポロ一番』対『チャルメラ』の“頂上決戦”を実施することにする。袋麺ナンバー1の座に就くのはどっちか……。ここはオレの独断で決めさせてもらうが、大変難しいところだが、『サッポロ一番』に軍配を上げさせていただく。『チャルメラ』も美味いが、舌への刺激がやや強いのが、オレの嗜好にちょい外れる。『サッポロ一番』のほうがコクがあるというか、まろやかというか……とにかく飽きが来ない。
 というワケで『サッポロ一番』に決定! おめでとうございます。ただし、賞状とかは出ませんけど。

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麺を食べ終わったら、スープにご飯を少し入れて食べるのが好きなのだ。
え? 気持ち悪い? だまされたと思ってやってごらんヨ。美味いからサ。

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11月14日(日) 過去がどんどん積み重なる。

 親父の命日である。死んだのは平成8年だったから、丸8年経ったことになるわけで、月並みな言葉だが「年月が経つのは早いモノだなァ」と思う。
 そんなワケで、母親を車に乗せて墓参り。庭に咲いていた菊の花をたむけ、線香を供えて手を合わす。ついでに、というワケではないが、先だって死んだバァちゃんが入っている本家の墓も同じ霊園内にあるので、そちらにも線香を供えて手を合わす。こちらも、早3カ月が経とうとしており、今月下旬には百箇日の法要を執り行う。
 そんな風に、どんどん過去が積み重なっていくことを思うと、オレも何だか焦りみたいなものを感じてくる。
 しんみり……。

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11月13日(土) 努力家のナマケモノ。

 映画『流れる』(成瀬巳喜男監督)が見たくて、ちょっと早起きしてフィルムセンターに行ったのだが、混雑することを見込んで開映30分前に到着したにもかかわらず、想像以上に長い列ができており、結局、入場することができなかった(フィルムセンターは定員制。クソぉ〜)。

 というワケで、急きょ予定を変更。両国は江戸東京博物館で開催中の『大水木しげる展』に行くことにした。本当は来月行こうと思っていたのだが(会期が来年1月10日までと長いので)、ボクの場合、そんな風に先延ばしにしているうちに、行く機会を逸してしまうことが多々ある。だから“行ける時”に行ったほうがよかろう。
 しかし、行ってみたら、こちらも大混雑! 先週の土曜日から始まったばかりだし、今日は土曜日なので仕方ない部分もあるとはいえ、入ってスグ、またも並ぶことになろうとは思わなかった。みんな、最初の展示物をじ〜っくりと見ているので、一向に先に進まないのだ。何かと思ったら、この展覧会のために新たに描いたという、全長10mに及ぶ『人生絵巻』。自らのこれまでの人生が、上品な色使いで描かれている。しかも、よく見たところ、下書きせずに、いきなり筆で描いているらしい。のっけから感嘆してしまった。

 水木しげる師(やはり“氏”ではなく“師”と呼びたい)は「マンガ家」というのが一般的な認識だろうが、「イラストレーター」として見ても第1級であることは、数多くの妖怪画が示している。画力の高さはは万人が認めるところであり、まさに「バケモノじみている」としか言いようがない。しかしそれは、決して天性の才能だけによるものではなく、大変な努力に裏打ちされている。ところが(ここが重要な点だが)、当の本人は、ちっとも「努力した」とは思っていないらしいのだ。
 この展覧会のサブタイトルが「なまけものになりなさい」であることからもわかる通り、水木師は自らを“怠け者”と公言している。しかし、その言葉通りに受け取っては、狐や狸ならぬ、水木師に「バカされた」ことになってしまうので要注意だ。
 師は戦時中、南方戦線に送られて左腕を失うなど大変な苦労をされ、復員後も極貧の生活を送ったりしたが、その間もずっと、スケッチ、人間観察、資料のスクラップ……といったことを欠かさなかった。ハタから見れば大変な努力家であると思うのだが、どうやら本人は、本当にそうとは思っていないらしい。
 それじゃ、なぜ続けていたのか……紙芝居の絵の資料にするなど「食うために」ということもあっただろうが、根底にあるのは、やはり「何よりも絵を描くのが好き」という、ただそれだけなのだろう。

 ボクが水木師を尊敬する最大の理由はココにある。真の努力家は、きっと「自分は今、努力している」なんてコレっぽっちも思わないし、「昔、大変な努力をした」なんて他人にひけらかしたりしないのだ。ただひたすら、好きなモノ、信ずるモノに、無心で打ち込むだけなのだ。
 言い換えれば「こんなに努力しているのになァ」などとヒガんでいるようでは、まだまだ甘い。後から振り返った時に「あァ、あれがきっと“努力”と言えるモノだったのかもしれないなァ」と思えるのが、真の努力に違いない。そうボクは思う。
 
 『人生絵巻』のラストには、80歳を過ぎて「ようやく自分が幸せ者になっていることに気づく」の一文がある。なかなか示唆に富んだ言葉ではないか。ボクはただ「参りました」と頭を垂れるしかない。
 そして、絵描きの端くれを自称している自分自身に問うてみるのだ。「オレはどれくらい絵が好きなのだ? どれくらい絵に打ち込んでいるのだ?」と……。

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図録(右のヤツ)の内容は盛りだくさん。こりゃ永久保存版でィ!
左のチラシや図録の表紙のデザイン(ポスターも同じ)は京極夏彦だって。
うれしくてオレも不気味な絵を描きたくなってしまったよ(右)。

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11月11日(木) チリトマトヌードルを愛する。

 昨夜、『トリビアの泉』を見たら、「中国の宮廷料理人が一番おいしいと思う日本のカップラーメンは何か」ということを検証していた。国内の売上ベスト20に入るカップ麺ついて、中国の料理界で最高位にある3人のシェフに実際に食べてもらって検討した結果、日清食品のカップヌードルシリーズの一つ、「シーフードヌードル」に決定した。
 まァ「麺→中国」という単純な発想に基づく企画ではあるのだが、それを割り引いても、なかなか面白い企画だった。番組の中でタモリも言っていたが、醤油ラーメンや味噌ラーメンは日本生まれで中国にはもともと無いから、塩味ベースの「シーフードヌードル」が選ばれたのは、これまたタモリが言っていた通り、まァ妥当なところなのだろう。

 ところで、検証対象になった売上ベスト20の中に、大御所「カップヌードル」シリーズは、シーフードに加え、普通タイプとカレー味が入っていたが、ウ〜ム……納得できんゾ。オレが好きな「チリトマトヌードル」が入ってないではないか! チリトマトヌードルが発売されたのは、確かオレが大学行ってる時だったと思うが、オレは当時からコイツに魅せられてしまっているのだ。だから「チリトマト……20位以内に入ってないのかァ」と、ちょっぴりがっかりしてしまった。美味いと思うんだけどなァ……。
 とはいえ、シリーズのラインナップから外れることなく販売され続けているということは、根強い人気があるのだろう……と思うことにする。

 これを書いていたら、何だかまた食べたくなってきた。近所のコンビニで買って来よう。

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11月10日(水) 大胆な犯行。

 昨日、ある方から物騒な話を聞いた。電車の中で、背負っていたリュックサックから、財布が盗まれたと言う。それも、刃物でリュックをザックリ切られて!

 時間は朝9時過ぎ。中央線某駅から上り電車に乗った。通勤ラッシュのピークは過ぎていたが、それでも車内は混雑していたという。だからその方は、ドアにくっついて外を見るようにして立っていたそうだ。つまり、リュックは車内に向けられている。本当は網棚に載せたかったそうだが、混雑していたので、そうすることもできず、そのままの体勢で乗り続けた。
 そして、新宿駅で下車。リュックを下ろして財布を出そうとしたら……無い。一瞬「家に忘れてきた」と思ったそうだ。しかし、よく見たら、リュックがザックリと切れている。そういえば、後ろにいたヤツが、背中にやけに密着して来るような気が……「やられた!」と、すぐ警察に通報したとのこと。

 そのリュックを見せていただいたが、驚いたのは、切られていたのが“背中にくっつく側”であったことだ。つまり犯人は、大胆にも背中とリュックのわずかな隙間を突いて刃物を入れ、さらに指を突っ込んで中を物色したことになる。乗車していた時間はわずか数分。相当に手慣れたヤツであることは間違いない。
 盗まれただけでも腹立たしいのに、その方が「余計頭に来た」と言っていたのは、クレジットカード会社の対応だそうだ。財布の中の現金は諦めるにしても、カードは早急に止める必要があるので、いろいろなカード会社に連絡しまくったそうだが、手際の悪さに「呆れ返った」とか。「顧客情報はコンピュータで管理しているんだろうに……どうなってるんだろう」と憤慨されていた。

 それにしても、話には聞いていたが、電車内の盗難がこれほど大胆に行われるとは……。大変お気の毒である。世の中がますます物騒になっていくのは、何とかならないものか……。

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11月9日(火) ビッグな「ゆず」。

 “渋柿隊”の次は「ゆず」である……といっても、察しのイイ方はお分かりの通り、ミュージシャンの「ゆず」ではない。本物の“柚子”である。
 下の写真は、今朝、母親の知人が持参した柚子だが、何と直径約17cm、高さ約14cm、胴回りは約54cmもある。傍らに置いた、普通サイズのミカンや単3電池と比較すれば、その大きさが分かるだろう。こんなにデカいのに、れっきとした柚子なのだと言う。持参した方の庭になったモノだそうだから、まァ間違いはなかろう。
 しかし、柚子って、こんなにもデカくなるものなのか。普通に見る柚子といったら、せいぜい子供の握りこぶし程度だろう。一般的なサイズに比べて異様にデカいと、かえって不気味な感じがするものだ。
 それにしても、こんなにデカい柚子をもらってどうするつもりなのか。柚子といったら、せいぜい香り付けくらいにしか使わないだろうに……と思ったら、スライスして砂糖漬けか何かにするつもりらしい。まァ、どうでもイイが、それって美味いんだろうか……。

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11月7日(日) 渋柿隊参上。

 伯母の家に行って荷物を受け取って来てくれと母親が言うので、車で出掛けて行ったら、袋に入った大量の柿が待っていた。今年はた〜くさん実ったので「おすそ分け」とのこと。柿はまァ嫌いではないが、いくら何でも、ちと多すぎないか。「こんなに食えねェよなァ」……と思ったら、何とコレ、全部渋柿だって。じゃあ、初めっから食えないじゃん!
 「ど〜すんだい? コレ」と母親に聞いたら「干し柿にする」と言う。そして、半日かけて皮をむき、紐で縛って、ベランダの物干し竿に吊り下げた。確かに干し柿は渋柿から作るが……うまく出来るのかなァ。それに、空気の澄んだ山奥ならともかく、ウチは交通量の多い道路がすぐ近くにあるし……。
 でもまァ、たくさんの柿を吊り下げた様子は、なかなか壮観です。西に傾きかけた日の光に照らされ、文字通り“柿色”に輝いていました。奇麗に隊列を組んでいるみたいで、ホントの“渋柿隊”ってワケです。さて、目論見通りにうまく出来るかどうか。干し柿は結構好きなので、楽しみです。

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11月5日(金) 胸騒ぎの腰つき。

 イヤ、まいりました。腰痛が治らんのです。じっとしている分にはイイんですがね。動かすと痛みが走るんですワ。寝返りをうつ時が特にイケない。ツラいです。

 そもそもの発端は、月曜日に金魚鉢の掃除をしたこと。腰を浮かせて前かがみで作業したのがイケなかったのか、その後から痛むようになりました。これまでも、長く歩いたりすると足腰にキていたのですが、一晩寝れば大体回復していました。だから今度も「明日になれば大丈夫だろう」と思っていたのです。
 ところが、1日経っても2日経っても痛みは引きません。火曜日と水曜日は出かけたワケですが、どちらも帰りの電車は立ちっぱなしで、ツラくてツラくて……。ようやく座席が空いた時には、痛みが走るのでそォ〜っと座らなければならず、何やら妙な腰つきになってしまいました。みっともないったらありゃしない。

 そんなワケで、家にあった湿布薬を貼って対処してきたのですが、今日になって「こんなに痛みが長引くのは、いくら何でもオカしくないか?」と変な胸騒ぎがして、「やっぱ医者に行こう」と思い立ちました。
 そして、まあまあ評判のよろしい整形外科医院へ。初診の手続きをして待合室へ入ると、何て間がイイんでしょ、腰痛についての啓蒙ポスターが張ってありました。そのポスターに曰く「腰痛の原因はいろいろ」。椎間板ヘルニアだの脊椎カリエスだの、いろいろ恐ろ気な病名が並んでいます(カンベンして下さいよ、もォ〜)。
 で、レントゲン写真を撮り、診察してもらった結果は、
「骨に異常はないですね。靱帯が炎症を起こしているんだと思いますが……ちょっと腰を使い過ぎたんでしょう」
 前かがみで金魚鉢を掃除しただけなんだけどなァ……。

 まァ要するに、普段、デスクワークばかりで体をあまり動かさないから、慣れない事をするとこんな事になる、運動しなさいヨ……というコトなんでしょうな。通院の必要もないとのことなので、とりあえずは一安心です。痛み止めと湿布薬をもらって帰ってきました(しかし、痛み止めの薬、「今晩1錠飲んで、効きが悪いようだったら、明日の朝に半錠だけ飲んで」と指示されたのに、薬局では5日分もくれたゾ。イイのか?)。

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11月3日(水) Kさん、おめでとう。

 前の勤務先の先輩Kさんの結婚20周年記念祝賀会に招かれ、某レストランへ。「普段着でお越しください」と書いてありましたが「ホントにラフな格好で行ってイイのかなァ」と、直前までちょっと迷ってしまいました。でも、出席するだろう方々の顔ぶれを思い浮かべたら、「もし、ちょっとラフ過ぎても笑って許してくれるだろう」と。
 そんなワケでジーパンとシャツで行ったんですが、正解でした。まァ「親睦会を兼ねて」という趣旨を考えたら、そんなに堅苦しく考える必要はなかったのです。こうした集いに慣れていないことがバレバレ。40代も半ばになって、恥ずかしい限りです。
 20数人が出席。久しぶりにお会いする方はもちろん、初めてお会いする方もたくさんいて、Kさん夫妻の人望の厚さを感じました(余興のビンゴゲームでは、駄菓子の詰め合わせが当たりました)(^_^;)。
 3時間半ほど過ごした後は、カラオケ店へ場を移して2次会を挙行。さらに4時間盛り上がりました(ボクも例によってRCとユーミンの歌を久しぶりに熱唱。ノドが痛くなりました)。
 いろいろ懐かしくも面白い話で盛り上がったのですが、何せ内輪な話ばかりなので、ここでは詳しく載せられましぇ〜ん。ご勘弁を(^_^;)。

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11月2日(火) 劇団離風霊船公演『お母さんの選択』を見る。

 昨日、唐突に「確か、離風霊船の公演案内が来ていたよな」と思い出した。調べてみたら……あら、今まさしく公演中じゃないの(10月27日〜11月3日)。

 劇団「離風霊船」の芝居は、三原山噴火を取り入れた『ゴジラ』とか、日航ジャンボ機墜落事故に材を採った『赤い鳥逃げた……』辺りが有名だが(ちなみに「トリビアの泉」に出ている高橋克実はこの劇団の出身)、ボクが今まで見た離風霊船の芝居で一番面白かったのは、地下のラーメン屋が方舟と化す(?)、『大集合』という作品である。舞台に大量の水が流れ込むラストシーンには度肝を抜かれたものだ(これももう、11年も前の上演になってしまった)。
 そうしたラストの大仕掛け見たさに、毎回ではないけれど、以前はよく見に行っていた。が、考えてみたら、ここ2、3年はトンとご無沙汰になっている。ありがたいことに、案内ハガキは毎回届くのだけれど。そんな中、ふと思い出したのは“虫の知らせ”なのか。幸い、仕事が一段落したので、久しぶりに行って見ることにした。

 そんなワケで新宿は紀伊國屋書店の裏手にある「シアタートップス」へ。ここへ来るのもずいぶん久しぶりだ。当日券3800円也を購入して入場。階段状に並ぶ座席の一番後ろから2番目の列。舞台を見下ろす位置になる席に腰を下ろす(余談だが、芝居の当日券は、前売りより値段が高い上に座席の位置がよくないという、何とも不条理な“慣習”が昔から続いている。おかしくないか?)。
 映画もそうだが、芝居の場合は特に、始まるまでのワクワク感がたまらない。開演直前、ボクの席の近く、最後列の隅っこに、演出の伊東由美子さんが着席した(気のせいかもしれんが、以前より痩せたような……?)。
 『お母さんの選択 〜あるいはメリーポピンズは何故我が家にやってきたか〜』と題された今回の物語。崩壊寸前の家族の絆を何とか取り戻そうとする母親を主軸に展開するが、所々で場面が転換し、芥川龍之介の平安世界が同時に進行するという二重構造。その2つを「メリーポピンズ」あるいは「河童」と名乗る黒コートの男が、時空を飛び越え、それぞれに干渉するのだが……。

 そうして1時間半の芝居が終わったのだが……伊東さんスミマセン、正直言ってサッパリわからないです。2つの物語がどこかで交差するのかと思ったら、結局そうじゃなかったし、平安の物語が現代の家族の物語の暗喩になっているのかと考えたけど、そうにも見えないし、第一、劇中における「河童」の位置づけが、ど〜にも理解できない。まァ、ラストの“仕掛け”は、相変わらず大がかりだけどね。

 というワケで、頭の中を「?」ばかりが飛び交うまま、劇場を後にして新宿駅に向かったのであった。

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