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甘い初体験をする。

2005-01-27【1月27日(木)】
 仕事で南房総へ行った。インタビュー取材の後、初めて「イチゴ狩り」を体験したのだが、いやァ、アレはイイぞ! 摘んでスグ食べるイチゴが、あんなに美味いとは思わなかった。スーパーの青果売場に並んでいるヤツは、堅めでちょっと酸っぱいでしょ? おそらく、完全に熟す前に収穫して出荷しているからだろうが、それと比べて何とまァ柔らかいこと、甘いこと! 仕事絡みなので宣伝っぽく受け取られるかもしれないが、正直、ホントに美味かった。このシーズン、予約が殺到するのもうなずける。やっぱ食いモンは、産地で食べるのが一番だな。

 考えてみれば海産物なんかもサ、房州で食ったほうが絶対に美味い。あまり千葉県の話ばっかだと、ますます宣伝じみてくるから他の場所の例も出すことにするが、勤めてた頃、社員旅行で行った函館の朝市で食った「ミックス丼」も抜群に美味かった。ウニとイクラとイカが熱々のご飯に載ったヤツだったが、生臭さが全く無い。「こ〜ゆ〜のを“新鮮”というのだな」とオレは悟ったよ。

 結局のところ、どんなに保存技術が発達しても、“美味さ”を完全に封じ込めることは不可能なのだろう。本来の味に出会いたかったら、食う側が多少の時間と労力をかけなきゃいけないってコトだ。
 スーパーで売ってるのが悪いってんじゃないよ。わざわざ遠くへ出かけなくても、日本全国(さらには世界中)の農産物や海産物を手軽に食べられるってのは、大変ありがたいし、幸せだと思う。ただ「味は……」っていう“代償”があることを、大都市の消費者は、ある程度納得づくで食べる必要があるのでは。もちろん、どうしようもなく鮮度が落ちたり、味がまるっきり変わってしまうのは大問題だけどネ。

 ……とまァ、そんなコトを考えつつ、イチゴの美味さにすっかり感激したオレは「家庭を持ったら、絶対にカミさんと子供を連れて来よう」と思ったのだった。もっとも、そんな日が果たして来るのかどうかわからんけどサ……。

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フ〜ジ子ちゃ〜ん。

2005-01-25【1月25日(火)】
 富士山の話を書いたら、速攻で皆さん食いつきましたな。みんな富士山が好きなんですねェ。「あんなに大きく見えるのか」と驚きの声も上がってましたが、念のため断っておくと、載せた写真は、デジカメのズームを最大望遠にして撮影し、さらにトリミングをしてますからね。元写真は、もっと広い範囲が写っています。ただ、実際に肉眼で見たカンジは、むしろこの写真に近い。意外に大きく見えることは確かです。

 ところで、富士山について調べてたら、興味深いホームページを見つけました。国土交通省では「関東の富士見100景」とやらの選定を進めているそうで、第1次選定でとりあえず決まった63景について、下記のHPで紹介されています。結構、いろんな所に富士見の名所があるんですな。範囲がちょっと狭いようにも思えるけど、選定対象が関東甲信地方であるためで、実際はもっと遠い場所にも、富士見の名所があることは間違いない。「キレイな富士を見たい」って気持ちは、日本人共通の願望なんでしょうね。

 言い換えると、富士山って、日本人にとって“美の象徴”みたいな意味もあるんでしょうな。その証拠に「富士子さん」って女性は珍しくない。よ〜く考えてみると、女の子に山の名前付けるなんて変な気がしなくもないけど(浅間子さん、箱根子さん、磐梯子さんなんて聞いたことがないでしょ? 阿蘇子さんだと何やらエッチっぽいし)、富士山は別格なんでしょうな。そう言えば、山本富士子さん、奈良富士子さんなんて女優さんもいたっけ。

 そして「フ〜ジ子ちゃ〜ん」こと、『ルパン三世』の峰不二子。以前『トリビアの泉』で取り上げられていたが、「峰不二子」の名前の由来は、モンキー・パンチ先生が、美しい富士の峰を見て感動したのがきっかけだったんだそうな。富士山からセクシーな女性を発想するなんて、さすがモンキー・パンチ先生。ところで、設定上、峰不二子のバストサイズは88cmだということも『トリビア…』で紹介されていたが……どう見ても、もっとあるでしょうアレは……。

【国土交通省 関東地方整備局】
http://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/menu.htm
(選定された63景の位置図)
http://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/region/fuji100/fuji63/map.htm

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富士山を見に行く。

【1月22日(土)】
 コメントのほうで富士山が話題に上っていたようであるな。富士山は、わが地元からもよく見える。特に空気が澄む冬は、まるですぐ対岸にあるみたいに、クッキリ見える日も少なくない。
 電車通勤してた時は、今朝は富士山がどれくらいハッキリ見えかるかが、一つの関心事でもあった。窓からずっと眺めていても飽きないのだから、考えてみれば不思議な山である。
 都心からだと、手前の山に半分ほど隠されて見えるが、東京湾の東岸にあるわが町から見る富士は、結構裾野の方まで見えるのが特徴だ。どう見えるか、ここは一つお目にかけよう……と思い、ちょっと早起きして車を走らせ、港の方へ写真を撮りに行ってみた。
 だが残念! 今朝は地表付近の空気の状態がイマイチ。空は雲一つなくて風も強く、対岸(東京から横浜方面)はよく見えたのだが、肝心の富士山は若干霞がかり、期待したほどの見え方ではなかった。
 それでも、ちょっぴりいいショットが撮れたので、一応載せておくことにする。でも、キレイに見える日は、こ〜んなモノではない。まァ、空気が澄む季節はしばらく続くので、後日、キレイに見える富士山の撮影に成功したら、改めて発表したいと思う。

2005-01-22

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アザラシなんかと一緒にせんでくれ。

【1月20日(木)】
 南房総は鴨川市の海岸にアザラシがやって来たそうな。なんだ、先週、人間ドックに行った病院の近くの海岸じゃん。もうちっと早く来てくれれば、帰りに見に行けたのにな。
 この海岸には、去年もアザラシがやって来たのだが、報道によると、身体の模様等から判断して、どうやらそいつと同じヤツらしい。

2005-01-20 てなワケで、早速「カモちゃん」の愛称で呼ばれているが、鴨川市に現れたから「カモちゃん」と、自治体名を冠するのは、ちと範囲が広すぎないか? 一昨年、話題を集めた「タマちゃん」(そう言や、コイツはその後、どうしちゃったのだ?)は、最初、多摩川に現れたから、そう名付けられたのだったな。それに倣えば、今回、アザラシが現れたのは、鴨川市の「東条海岸」だから「トウちゃん」とすべきところだが、「それはやっぱ違うだろう」って気がしなくもない。そう考えると「カモちゃん」が妥当か(ま、どっちだってイイけどサ)。

 ところで、もし沖縄の金武町(きんちょう)にアザラシが来たら「キンちゃん」、気仙沼市に現れたら「ケセンヌマちゃん」(←古いね。知ってる?)、鹿児島市なら「カゴちゃん」、竹柴桟橋なら「タケちゃん」、カトマンズなら「カトちゃん」と呼ばれるのだろうか(カトマンズに海は無ぇって!)。銚子市なら「チョウちゃん」としたいところだが、言いにくいので「チョウさん」になってしまうかもしれない。でも、これじゃ可愛げがないので、やっぱダメだコリャ(余談だが、銚子には「海鹿島町 あしかじまちょう」という地名がある。古記録によると、昔は実際、沖合いの小島にアシカが生息していたらしい)。

 ここでハタと思い至った。もし、静岡県の清水市にアザラシが来たら「シミちゃん」と呼ばれるようになってしまうのだろうか……と思ったが、清水市は静岡市と合併してしまい、今はもう無いのだ。よかったよかった。アザラシと一緒にされちまうトコロだったぜ。

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神戸の思い出。

【1月17日(月)】
 阪神・淡路大震災から10年だそうだ。もう、そんなに経ってしまったなんて、月並みなセリフだけど「年月が経つのは本当に速いもんだなァ」って思う。
 10年前、それまで「これだけ文明が発達してんだから、大地震が起きても、最小限の被害で済むに決まっている」とタカをくくっていたボクが、夕刊に載った横倒しの阪神高速の写真を見て、頭を殴られたようなショックを受けたこと、増え続ける犠牲者の数に無力感をおぼえたことは、以前この日記にも書いた(10月24日付)。さらに言えば「大変だ」とは思いながらも、テレビに映し出される被災地の様子を、どこか遠い国の事のように見ている自分に気づいてもいて、何もできないでいることに“後ろめたいような気分”も感じていた。

 だからだろう。震災から1年経った頃、「神戸に行ってみよう」と思い立った。きっかけは、あるテレビ番組で、筒井康隆師がこう語っているのを聞いたからだ。

「神戸は観光で成り立っている。しかし震災後、観光客の足はなかなか戻らない。だから地元経済の回復も遅れている。経済がこう落ち込んでは復興もままならない。だから、お願いしたい。興味本位でも全然構わない。とにかく神戸に来てほしい」

 これを聞いて「あ、そんなんでイイんだ。それならオレにもできる」と思ったのだ。実際に行ったのは3月に入ってからになってしまったが、有休取って新幹線に乗り、宿泊先も決めずに神戸入りした。

 到着後、市内をいろいろ歩いて回ったが、いま振り返ると「工事現場ばかりだった」という印象が大きい。倒壊した阪神高速は、新たな橋脚が立ち上がり、片側車線の再建が進んでいた。すでに1年ちょっと経っていたから、さすがに崩れたままの建物はなかったが、表面が波打った道路など、地震の傷跡は所々に残っていた。市立博物館、ポートタワー、市役所、南京町などを見て回り、新神戸駅の観光案内所で紹介してもらったホテルに泊まった。

2005-01-17A 初日は雨模様だったが、翌日は奇麗に晴れ、“山側”——北野の街を歩いたり(こちらでも「風見鶏の館」が修復中だったり<左の写真>、所々で地震の影響が見られた)、ロープウェイで布引ハーブ園に行ったりした。観光客は、想像していたより多いように見えたが、聞こえてくる会話から判断する限り、関西の人ばかりのようだった。時折通る観光バスも、ナンバーを見ると西日本ばかりで、東日本から来たバスには1台も出会わなかった。
 日が暮れかかった頃、JR三ノ宮駅前に戻り、近くの売店で家と勤務先へのお土産を買い込み、帰途についた(帰りは新快速で新大阪駅まで行き、そこから新幹線に乗った)。

 わずか1泊2日の滞在だったが、帰ってきての感想は「近い」ということだった。何しろ、三ノ宮駅19時30分頃発の新快速に乗って、午前0時頃には地元に帰って来れたのだから。当時は遠出する機会があまりなかったから、その近さは驚きだったし、「そんなすぐ近くの街で6千人も死んだ」という事が、すぐには信じられなかった。

 ボクが“身の丈サイズでやれる事”を考えるようになったのは、この時からである。

 余談だが、この小旅行の事を書いて新聞に投稿したら『物見遊山で復興支えよう』という題で掲載された(英字新聞にも翻訳掲載されたそうだ)。“謝礼”は某有名百貨店のハンカチセットだった。

2005-01-17C 街の至る所が工事中だった印象がある

2005-01-17B ポートタワーより。手前の阪神高速はまだ片側のみ

↑上の写真をクリックすると拡大表示します↑

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節目、節目に雪が降る。

【1月15日(土)】
 今日は朝から雪が降るって予報されていたので、どうなることか戦々恐々としていたが、幸い、ボクが暮らす町では雨で済んだ。もっとも、房総半島の中部に位置しているだけに、雪はめったに降らないんだけどね。東京が雪でも、こちらでは雨……ってことがほとんど(この前の大晦日もそうだった)。だから、こちらで積もるほど雪が降るのは“異常事態”で、もしそうなると、ウチなんか車を出せなくなるのはもちろん、歩いて駅まで行こうにも、バス停まで5分くらいかかるので、それこそ“陸の孤島”になってしまう。

2005-01-15 ところで、今日は「大学入試センター試験」が行われたが、雪で大変な所もあったようだが、概ね支障なく実施されたらしい。で、天候を気にする受験生たちをニュースで見ていたら、自分のことを思い出してしまったよ。何せ、浪人して受けた時、第1志望だった某国立大学の試験当日が雪だったからね。さらに言えば、その前に受けた「共通1次試験」(今の「センター試験」の前身)も雪だった。何か「いやァな予感」がしたのだが、案の定、落ちてしまったよ。
 さらにさらに、就職活動してた時、行きたかった会社(出版社)から「不採用通知」が届いたのも、大雪の日だった。既に“ヘンな広告会社”(結局はソコに就職したんだけど)から内定はもらっていたが、ど〜しても気乗りがせず、とはいえ他社もことごとく落ち、残っていた最後の会社だったので、ショックを受けてしまったよ。

 そんなワケで、ボクの人生は節目、節目で雪に見舞われているのだが、まァ雪に責任があるわけじゃなし、それも人生上の一つのエピソードなんでしょうな(……って笑って言えるようになったのは、実は、ようやくここ数年のことなんだけどサ)。

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極楽人間ドック。

【1月12日(水)〜13日(木)】
 1泊2日で人間ドックに行ってきました。
 フリーランスは身体が資本……なァんてカッコつけるワケじゃありませんが、自分の身体を定期的にメンテナンスすることは、仕事に穴を開けて受注先に迷惑をかけないためにも必要な事だと思ってるので、だいたい1年半ごとに検診を受けることにしています。費用は決して安くありませんが、国民健康保険が7割を助成してくれる制度があるので、ありがたく利用させてもらってます(毎月安からぬ保険料を払ってるんだから、利用しなくちゃもったいない)。

 というワケで、南房総にある某病院へ行きました。ここは、ランキング本などでは常に全国上位にランクされている病院で、それだけに人間ドックも人気が高く、遠く他県から泊まりがけで来る人も少なくないと聞きます。日帰りコースは、かなり先でなければ、予約が取れなかったりもするようです。ボクは一昨年に初めてココの1泊ドックを受けたのですが(わが町の国保でも利用できるようになったので)、すっかり気に入ってしまい、今回も、ここで受けることに決めてしまいました(ちょっと高いけどネ)。
 一体、何がそんなにイイのかって言うと、環境が“ちょっとしたホテル並み”なんです。ベッドはイイし、大浴場(ジェット風呂)はサウナまで付いてるし、夕食は豪華だし……すっかり極楽気分に浸ってしまえるのですよ。一昨年に来た時は、ちょうど飛び石連休の狭間だったこともあって、知人には冗談半分で「リゾート代わりに行ってくる」と吹聴したのですが、来てみたら本当にリゾート気分になってしまいました(今回も、何人かの方から「お達者で」とか「Take care」とかいった言葉をもらったんですけど、当の本人は、半ばウキウキ気分で出かけたのでした)。

2005-01-13 いくら環境が快適でも、医者がヘタだったら元も子もないところですが、こちらも「ウマい」です。例えば、オプションで「大腸内視鏡検査」を受けましたが、この検査は医者の技術力が如実に反映され、時間がかかったり、時には多少の痛みを伴ったりすることもあるのですね。ボクは他の病院で2回ほど受けた経験がありますが、正直言って「もォ〜大変」って記憶しかありません。
 ところが今回は、内視鏡を肛門に挿入後、スイスイスイッと進み(受診者にもモニタ画像を見せてくれる。モツのトンネルをズンズン進んで行くみたいで面白い!)、10分ほどで終わってしまいました。痛みもほどんどなし。手慣れています。さすが、毎日何人も手がけているだけのことはあります。今回は初めて胃カメラも受診したのですが、こちらも思ったほど苦しくありませんでした。

 部屋が個室でないのが「難と言えば難」かもしれませんが(今回は4人部屋でした)、初対面のオヤジ同士で「健康談議」に花を咲かせるのも、それはソレで面白かったりします。まァ確かに、快適な環境や豪華な食事も料金に含まれているワケですが、病気でもないのに病人みたいに扱われて暗〜い気分になるよりは、リゾート気分にさせてもらったほうが、精神衛生上、ずっとイイんじゃないでしょうかね。
 ちなみに検診の結果は、血中の中性脂肪値が異様に高い以外は、概ね良好ということでした。ただ、あまり極楽気分になって「不健康なトコロが1つか2つあったってイイじゃん」と思えてしまったのは、ちとモンダイかもしれませんけど。まァ、ホンモノの極楽に行かないよう、気をつけるようにはするつもりですけどネ。

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思い込みはハズカシイ。

【1月11日(火)】
2005-01-11 毎度バカバカしい話が伝わってくる近年の成人式だが、今年は全体としておとなしかったようだ。大変に結構なハナシだが、バカ騒ぎしているバカ成人どもをテレビで見ながら「バカなヤツらだなァ」とバカ笑いしてバカにするのが一つの楽しみでもあったので、ちょっとバカり残念なような気もする。
 それでも、各地で散発的にバカ成人は出現したようで、特に沖縄は那覇の国際通りでのバカ騒ぎは、警察沙汰にもなったため、テレビのニュースでも、比較的大きく報道された。

 で、その映像を見て、オレは思ったのだ。「あ、沖縄でも、成人式は晴れ着や羽織袴なんだ」って。

 いや「おかしい」ってんじゃないよ。何を着ようと自由だし、琉球王国だった時代ならいざ知らず、今は沖縄も間違いなく日本国の一部なんだから。
 でもサ。沖縄の人たちって、県民意識というか、沖縄県人としてのアイデンティティーが強いじゃない。郷土の伝統文化に誇りを持ってるし、守り伝えようって意識が高いから、「きっと新成人も、あの鮮やかな琉球の衣裳を着て参加したりするんだろうな」って思ってたのですよ。でも、羽織袴や晴れ着で国際通りを闊歩するヤツらを見て、ようやく気づいた。そんなのオレの勝手な思い込みだったってこと。
 よ〜く考えたら、琉球衣裳の成人式があったなら、そこそこのニュースネタになるはずなのに、そんなの今まで見た記憶がない。もしかしたら、そんな新成人もいたのかもしれないけど、少なくともオレのは、よそ者ゆえの“観光客的願望”に起因する思い込みだったことは間違いない。西欧人が“フジヤマゲイシャ”の日本を期待するような類のね。
 この歳までそう思い込んでいたってのは、いかに自分の世間が狭いかってことを表しているみたいで、いやはや何ともハズカシイ。そして、これはあまりイイことではないから「ウ〜ン……反省しなきゃ」と思った次第です。

 ただね、こうも思ったのね。“観光客的願望”に「敢えて乗ってみる」ってのも、方法としては「ありだよな」とね。少なくとも、国際通りで騒いだヤツらは、それこそ琉球の着物で、エイサーの一つでも踊りゃよかったのだ。ど〜せ、目立ってバカ騒ぎしたいだけなんだから。その方が、那覇市内だけじゃなく、日本全国にアピールできたと思うし、警察も多少は大目に見てくれたかもしれんゾ。羽織袴や晴れ着じゃ、本土の他の町と大して変わりがないもんな。
 まァ、そこまでの考えはとても及ばないヤツらだろうってことは、ニュースの映像を見てスグわかったけどサ。

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今年も大して変わり映えはしない。

【1月9日(日)】
2005-01-09 2005年最初の日記です。すでに1週間過ぎちゃいましたから「オイオイ、もう“日記”じゃネェだろう」って突っ込まれるかもしれませんけど(^_^;)。
 最初は、年明けからの1週間を、日にちごとに“穴埋め”しようかとも思ったのですが、まァ、そう大した事はなかったし、面倒臭いので(実はコレが最大の理由だったりする)、ここでまとめて誤魔化すことにします。三が日も、おせち食って、雑煮食って、箱根駅伝見て……って、ほぼ例年通りだったし……。

 え? 喪中じゃなかったのかって? 確かにそうなんですがね。暮れに「百箇日は過ぎているんだし……“おせち”くらい食べよう」って話になり、そうなると「餅も」ってことで、結局は、例年の正月と、大して変わり映えしなくなってしまったのでした(でも、気持ち的には「喪中」よ)(^_^;)。
 いつもの年と違っていたのは、5日にラフを提出しなきゃならない仕事があったので、元日早々(というより大晦日から)机に向かっていたことと、恒例の高校の同級生が集まっての新年会が、幹事が帰省できないために中止になったこと、くらいでしょうか。そんなワケなので、気分的には、何だか去年が延長しているみたいです。やっぱり「区切り」ってのは、人間に必要みたいですね。

 それでも、元日はゆっくり時間が過ぎて行くように感じました。それが、2日からは時間が急速に流れ始め、アッという間に1週間経ちました。ハヤいもんです。きっと、気がついた時には「今年も終わりかァ」と思ってるんだろうな……。あれ? コレと同じ事を、去年の日記(ブログ化する前の『さらミニ』日記)にも書いた覚えがある。考える事も、例年と大して変わり映えしないな。

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今年もよろしくお願い致します。

2005-01-01
ご挨拶がだいぶ遅れましたけど……

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