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勝手に逃げろ。

【7月31日(日)】 駅前のビルの地下にある本屋が、今日を最後に閉店した。オープンから、たった1年での撤退である。よほど採算が合わなかったと見える。

 正直言うと、当初から“一抹の不安”はあった。地下1階ワンフロア。“南房総一”の広さと蔵書数をうたっていたが、明らかに人通りが少ない駅西口に、こんなデカいの開いちゃって「大丈夫かなァ」と心配してしまったよ。案の定、半年ほど前から、何となく様子が変わってきた。品揃えがビミョーに変化してきたのだ。それでも「絵本の読み聞かせ会」を開くなど、新しい努力を始めたりしていたので「何とか頑張ってほしい」と思っていた矢先の閉店決定。極力ココで買うようにしていたのに……ガッカリではあるが、今さら言ってもしょうがいない。映画のタイトルではないが「勝手に逃げろ」とつぶやくしかない。

 そうは言っても、ちょっと「逃げ足」が早過ぎないか? この書店は、千葉県内にチェーン展開する準大手だ(昔から地元にある同名の本屋とは別資本)。当然、マーケット調査くらい行ってから出店を決めただろうに。あまり多くの集客が見込めない立地であることも、最初から承知の上だったはずだ。要するに「当分、儲けは期待できないな」と覚悟した上で出店したのではないのか。

2005_07-31 なぜ、こんなにムキになるかと言うと、このビルは、もともと駅前再開発で出来たビルであり、核店舗だった某百貨店がツブれちまった後、紆余曲折の後に市が取得し、昨年ようやくリニュアルオープンに漕ぎ着けたばかりだからである。このビルの再生は市の悲願であり、オレらの税金が投入されているのだ。

 だから、気持ちとしては「運命を共にする」くらい、腹をくくって出店してほしかったのだ。少なくとも、いくら売れなくても、たった1年で逃げ出してほしくなかった。不採算部門の切り捨ては、企業としては当然だろうが、切り捨てられる側はたまったものではない。

 まァ、いろいろ恨み言を綴ってしまったが、気に入っていた書店だったのは確かなので、本当に残念である。

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ステーキを食いたかった。

【7月30日(土)】 以前通った某講座のOB会の記念パーティーに出席(於:有楽町のレストラン)。実はカメラマンを頼まれているのだ。といっても、要は「スナップ写真をたくさん撮ってね」ってことなのだけれどね……。

2005_07-30 このテの役は学生の頃から多く頼まれる。こちらとしても、楽しいのでたいてい引き受けているのだが、この役回りの損なトコロは、今回のようなパーティー形式の場合、ゆっくり座って飲み食いできない……ってコトなのだ。今日も、メインディッシュのステーキ食べてる途中、前の方で余興が始まってしまったので、食べかけで席を離れ、撮影していたら、その間に片づけられてしまった(T_T)。ウェイターよ。せめて同席の人に「下げてヨロシイですか」って聞いてから持ってってくれんか。

 そんなコトもありつつ、約2時間のパーティーで撮影した枚数は160枚を突破し、ちと撮り過ぎかと思わなくもない。昔はフィルムの残りを気にしながら撮っていたが、デジカメになった今では、気にせずバチバチ撮りまくる。果たしてイイのかワルいのか……。

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コイの空騒ぎ。

2005_07-29A【7月29日(金)】 「近くの川で鯉ヘルペスが発生し、放流されていた多くの鯉が死んだ」という話を書いたのは、ちょうど2カ月前だったが(5月29日付け)、その川を通りかかったら……あれれれ、結構たくさん泳いでるじゃん。確かに、数が少々減ったようにも見えなくもないが、それでも、マゴイもヒゴイも元気に泳いでいる(確か『ヒゴイはダメだった』みたいな話を聞いたと記憶しているのだが……)。う〜む……やっぱりコイの力は絶大なのか……。

2005_07-29B まァ、大騒ぎ(といってもオレ近辺だけだったようだが)をした割には大したことなかったようで、まァとりあえずは、よかったヨカッタ。しかし、茨城県では鳥インフルエンザが発生したようだからな。鯉ヘルペスだって完全終息したってワケではなさそうだし。またヘンな病気が流行らなければいいのだが……。オレも最近は夏バテ気味なので、注意しなきゃなるまい。

 ところで、先だって死んじゃったウチの金魚、まさか鯉ヘルペスだったんじゃないだろ〜な。でもまァ、鯉ヘルペスのウイルスが空気伝染するなんて話は聞いたことないしな。金魚もかかる病気かどうかも知らないし……とりあえず、軽々な推測は慎んでおこう。

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台風一過で夏日和。

【7月27日(水)】 何人かの方から「昨夜の台風は大丈夫だった?」とメールを頂戴しました。ご心配下さりありがとうございます。お陰様で無事です……ってゆ〜か、昨夜の台風は千葉県に上陸したって割に、ウチの方では雨風とも大したことはなく、かえって拍子抜けしてしまうくらいでした。ウチの方は、台風の「可航半円」(進行方向に向かって左側)に入っていたせいかもしれません。それでも、他では被害も出たようです(陰ながらお見舞い申し上げます)。

2005_07-27 今日は一転して、いわゆる「台風一過」の晴天が広がりました。台風の残りかすのような雲があって、スッキリとした快晴とはいきませんでしたが、日の光がまぶしく、空が夏らしい色をしています。非常に気持ちのイイ天気になりました。
 お昼近く、郵便局まで歩いて行ったのですが、アスファルトの照り返しが強く、汗がダラダラと流れました。いよいよ盛夏の到来です。それにしても「な〜んか昼間っからガキが多いなァ」と思ったら、とっくに夏休みに入っているのでした。当たり前ですね。

 気がつきゃ今日は27日。7月もアッと言う間におしまいです。

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杉浦日向子の夏空。

【7月26日(火)】 著名なマンガ家やイラストレーターが次々に逝く。1月に中尊寺ゆつこ急逝の報に接した時には思わず「マジかよ」と口走ってしまい、先月、永島慎二と長新太の両巨匠が他界された時には「時の無常」を感じたが、まさか杉浦日向子までが逝ってしまうとは思わなかった。今年は一体どうなってるんだろう?

 杉浦日向子は、マンガから離れてずいぶん経つし、世間的にも、時代考証家、江戸文化研究家としての知名度の方が大きい。でもボクは、やっぱり彼女を「マンガ家」として扱いたい。

2005_07-26 彼女の代表作『合葬』を読んだのは、大学の卒業間際だったと思う。正直言って好みの絵柄ではなかったし、そう面白い物語とも思えなかった。しかし、自分と1歳しか違わない、それも女性が、これほど緻密な作品を、しかも「時代モノ」というジャンルで描いて見せたことは“ショック”だった(ある種の嫉妬も含めて)。
 加えて、ラスト近くの、草原の上に広がる夏空を描いた見開きの場面(手元にある青林堂版で言うとP.170〜P.171)が強烈に脳裏に刻み込まれてしまった。構成力があるということだ。このことで、ボクは杉浦日向子というマンガ作家を認めざるを得なかったのである(物語の細部は忘れてしまっても、この見開きページだけは、何年経っても記憶にずっと残っていた)。

 ボクは『合葬』の他は数編の作品しか読んでいないので、彼女のマンガ作品全体について語る資格はないが、彼女にはマンガ家であり続けてほしかったし、筆を折ったとは言っても、きっといつか、気が向いたらまた、創作を再開するかもしれないとも思っていた。
 もうそれもかなわない。46歳……あまりにも早過ぎる。

 杉浦日向子さんのご冥福をお祈り致します。

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震度5弱の時……

【7月23日(土)】 その時オレは、Macに向かってお仕事していた。すると、にわかに小刻みな縦振動が……。家の前を大きな車が通った時の揺れとは違う。地震だ。しかもコレは大きい!
 と思った次の瞬間、グラグラッと横揺れが来た。「ついに大地震が来たか!」と思っている間に、平積みしてあった本の山が崩壊。「まさか、今いる2階も崩れるんじゃないだろうな」という不安が頭をよぎった。

2005_07-23 しかし、しばらくすると揺れが収まったので、とりあえずは胸を撫で下ろし、居間へ下りてテレビを見た(棚から花瓶が一つ落下し、粉々になっていた)。縦揺れから横揺れが来るまでの間隔から「震源地はそう遠くないだろう」と予想してはいたのだが、速報を見たら……ナニ? 震度5弱? 震源地は千葉県北西部? って、画面に映っている地図では市原市辺りに「×」が付いてるじゃん! 震源は太平洋側と予想していたのだが「直下型」か!

 幸いなことに、ウチでは本の山が崩れたのと、花瓶と鏡が一つずつ壊れた程度で、思いのほか被害は小さく済んだ。わが町での観測値は「震度5弱」ということだが、ウチの方では震度4程度だったのではないかと思う(地盤の状況によって揺れは異なる)。それにしても「昨日でなくてよかった」とつくづく思う。昨日だったら帰って来られなかった。

 よく「地震が来たら落ち着いて行動を」と言われるが、余程ハラがすわっていないと難しいと、今回改めて実感した。地震発生の瞬間、オレはどうしたかというと……パソコンラックと本棚に手を伸ばし、しっかり押さえていたのである。後から考えるとバカである。Mac本体はラックの下に置いてあるから、仮に倒れても危険は少ない。むしろ、上に載っかっているプリンタのほうを気にすべきだったのだ(よく滑り落ちなかったもんだ)。

 ところで、先日、ウチのデカ金魚が死んだが、直前に“逆立ち”を繰り返していたことを思うと、もしかしたら、あれは“予兆”だったのだろうか……(イヤ、まさかね)。

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東京横断。

2005_07-22A【7月22日(金)】 イラスト教室の同期生であり、時々「kyoko」の名でコメントを付けて下さるイラストレーター、あかしきょうこさん(HPはこちら)が参加するイラスト展『森の中の生きもの展』が初日を迎えたので行ってみた。会場は東京・京橋の「バートックギャラリー」(>HPはこちら)。初日とはいえ平日なので、行く前は「どうか」と思っていたのだが、思いのほか盛況だった。

 あかしさんと会うのは春以来。彼女は童画を得意とする作家だが、一見するとクレヨンっぽく見えるその絵は、実は全てデジタルである(Photoshopにペンタブレットで描いている)。「レイヤーが50枚を超しちゃう」とか言ってたから、ほのぼのとした画風ではあるが、実は結構気合いが入った絵なのだ、大したモンだと思う。

 「気合い」ということでは、松本奈緒美さんという方の作品には驚いた。未知の方だが、ペーパークラフトで、非常に精巧な立体イラストを作っている。本人に話を聞いたら「テレビ見ながら作ってますから、いつの間にか仕上がっちゃいます」と言っていた(後で彼女のサイトを見たが、非常に多彩な方である)。


 1時間ほど滞在して会場を後にし、買い物してから、都心を西へ横断して新宿へ。今夜は飲み会があるのだ。

続きを読む "東京横断。"

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デカキン逝く。

2005_07-20【7月20日(水)】 ウチで長年飼育し、この日記にも何度か登場させた“デカ金魚”が、昨夜遅く死んだ。最近、腹が異様に肥ってきたので「何かオカシイ」とは思っていたのだが……。

 ここ数日、盛んに“逆立ち泳ぎ”をするようになっていたので「またどこかで地震があるかもなァ」などと思っていたのだが(コレについては昨年10月26日の日記を参照)、昨日の夕方辺りからは、逆立ちの体勢から、水の上に飛び出るような勢いで浮き上がる動きをするようになった。それを激しく繰り返した後、体を弓状に反らせ、とうとう水面に浮き上がってしまった。それでも、しばらくは呼吸をしていたが、やがてエラの動きが完全にストップ。臨終は午後10時半〜11時頃と思われる。

 前にも書いたが、この金魚は、妹が祭りの夜店ですくってきた和金である。一緒にすくって来た数匹の“仲間”が次々と死んじゃう中、コイツともう1匹だけがしぶとく生き残り、ともに体長約15〜17cmと、鯉と見まがうほどに成長した。残念ながら“同志”だったもう1匹も、一昨年の秋に死んでしまい、コイツだけが残ったのだったが、寿命か、はたまた病気かわからないが、ついに力尽きた。
 名前なんか付けてなかったが、エサをやろうと水槽に近づくと、うれしいのか急に元気に泳ぎだしたりして、なかなか愛嬌があるヤツであった。推定年齢は12〜13歳か。むかし飼っていた三毛猫(オレが小学2年の時に拾ってきて大学生になるまで飼っていた)に匹敵する長寿であった。

 亡骸は今朝、庭の花桃の木の根元に穴を掘って埋めた。たかが“色付きのフナ”ではあるが、空っぽになった水槽を見ると、やはり何となく寂しい。

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もォ我慢できない。

【7月19日(火)】 東京・中野で、タイヤをアイスピックで刺してパンクさせた69歳のジジィが捕まったが、逮捕前、何食わぬ顔でインタビューに応じていた時の模様が、テレビで流れていた。それを見ながら老母75歳が言う。

「あきれた! しゃあしゃあとしてる……何でこんなバカなことやったのかしらねェ」
「自動販売機にカネ入れたのにジュースが出てこなかったからだってサ」
「そんなツマんないことで腹を立てたの……まったくイイ歳して……」
「まァ“イイ歳”って言うのもどうかと思う年齢だけどな。余罪もあるらしいから、それだけが理由じゃないと思うけど、性格的には、どっかモンダイあるよね」
「気分で動いちゃう……我慢ができないのかしらね」
「このジジィは極端だけど、現代人は全体的に我慢ができなくなってると思うよ」
「なんでかしらねェ……」
「だって、我慢なんか、しなくても済むようになってるもん。昔は夏暑くても我慢するしかなかったけど、今はエアコンのスイッチ入れれば涼しくなるからね。ちょっと値が張る品物がほしい時だって、昔は貯金がたまってから買ったもんだけど、今は現金が無くても、クレジットカードでカンタンに手に入っちゃう」
「世の中が便利になった代償ってことなのかしらねェ……」

2005_07-19 確かに現代人は「我慢」が苦手になってるよな。まァ、我慢しなくて済むならソレにこしたことはないし、しなくてもイイ我慢は、するべきじゃないと思うけど。でも「我慢することを完全に忘れちゃってイイのだろうか」とも思う。
 だって、我慢って要するに自己コントロールでしょ? それができなくなった人間が集団化すると、結構恐いのではないかと。ゾクの喧嘩程度で収まっているならまだイイが、例えば外交レベルになると話が違ってくる。「あの国、気にいらねェ」って、ミサイルをぶっ放したらどうなるか。一応、日本は民主国家を標榜してるから、国を動かすのは国民だし世論だろう。だから「みんな、少しは我慢できる体にしておかないと、後々大変な事になるかもよ」……と思うのは杞憂に過ぎるか。

 ……などとエラそうな事を書いてしまったが、そう書いている間にも「アチィなァ」とエアコンの温度設定を1度下げてしまったオレは、間違いなく我慢が苦手な現代ニッポン人の一人なのであった。

「我慢大会」なんて、もはや成立せんだろ〜な。

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ホームセンターで衝動買い。

2005_07-17a【7月17日(日)】 ウチの老母75歳が「居間に敷く“イ草カーペット”を買いたい」と言うので、車に乗っけて隣町にあるホームセンターへ出かけた。イ草カーペットってのは、要するにゴザの気の利いたヤツだが(裏がフェルト地になっている)、行ってみると、結構イロイロあるものだ。

 母親が選んでいる間、オレは店内をブラブラ。そしたらナニゲに籐の枕が目に入った。
2005_07-17B 最近、寝苦しい夜が続いている。今使っている枕は、熱がこもってど〜もイケナイ。籐の枕なら、少しは涼しく寝られるかもしれない……。
 そう思ったら欲しくなってしまい、衝動買いしてしまった。普段は衝動買いってあまりしないんだけど、ホームセンターだけは例外で、思いがけず便利そうな物を見つけてしまい、買っちゃうことがよくある(買わなくても、ホームセンターは、店内を歩くだけでも楽しい)。

 帰宅したら、買ってきた籐の枕に早速頭を載せてみた。適度なクッション性があって、なかなか具合がよい。頬を下にするとヒンヤリした感触が伝わってくる。
 でも、起きたら、顔中、格子模様だらけになった。やっぱり枕カバーは必要なようだ。

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『誰も知らない』と『トニー滝谷』を見る。

【7月15日(金)】 JR目黒駅のすぐ近くにある名画座、目黒シネマにて、見逃していた『誰も知らない』(是枝裕和監督)と『トニー滝谷』(市川準監督)の2作品を鑑賞。上映最終日の最終回、しかも金曜日の夜ということで、場内は満席に近い入りだった。

 『誰も知らない』は、お母ちゃんが子供4人を放っぽらかしていなくなっちゃったという、実際の事件をモチーフにした作品。知っての通り、主演の柳楽優弥が、昨年のカンヌ国際映画祭で史上最年少の主演男優賞を取った。その際、審査委員長のクエンティン・タランティーノ監督は「彼の目が忘れられなかった」と言ったそうだが、なるほどイイ目をしている……ってオレはランバ・ラルか(あ、またオタクなネタでゴメンね)。
 受賞のせいで、とかく柳楽クンにばかりスポットが当たりがちだが、弟妹を演じた他の子供たちも非常にイイ表情と演技をしていることは、もっともっと喧伝されていい。特に、末妹を演じた清水萌々子ちゃんは、撮影開始当時は4歳だったというから驚きである(母親を駅まで迎えに行くと言って兄姉を困らせるシーンでの演技を見よ!)。母親役のYOUの演技は、正直ちょっと違和感があったのだが(キネマ旬報の助演女優賞取ったけどね)、キャラクター的にはハマっていると思う。
 映画は悲しい結末になるのだが、見ていて、それほど悲惨な感じはしない。すでに多くの映画評で指摘されている通り「それでもやっぱり生きていく」という逞しさの方が強く伝わって来る。ただ、帰りの電車の中でラストシーンを思い出したら、ウルウルしてしまった。「後々くる映画」だと思う。

2005_07-15B 『トニー滝谷』は、村上春樹の短編小説の映画化(トニー谷のパロディじゃないヨ! 原作は未読)。孤独な中年男(イッセー尾形)と二人の女性(宮沢りえ二役)をめぐる話が、西島秀俊のナレーションと共に淡々と綴られていく。市川作品らしい、繊細なタッチで描かれていくが「さァ、これからどうなる?」というところで、映画は唐突に終わってしまう。正直「え、これで終わり?」と呆気にとられてしまったのだが、今になって考えると、この終わり方は案外「正解」かもしれない(さて、トニーはあの後、再び電話をかけるだろうか、それともかけないだろうか……)。
 主人公の「フリーのイラストレーター」という設定は、孤独な男→組織には属さないで生きる→フリーランス……って連想かもしれんが、もしそうなら「ちょっと安易じゃない?」って気がしないでもない、とはいえ、オレ自身がまさしくそ〜ゆ〜職業なので、やっぱその分、余計に感情移入して見てしまうね。

 それにしても、いつもながら目黒シネマは、イイ番組編成をする。しかも、2本立てで一般1,500円。情報誌やウェブアンケートによる割り引きを使えば200円オフになるので、1本あたり650円で見られる計算。これぞ“名画座の醍醐味”ってモンだ。

《誰も知らない/作品サイト》
http://www.kore-eda.com/daremoshiranai/

《トニー滝谷/作品サイト》
http://www.tonytakitani.com/j/

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そのままでいてほしい。

【7月13日(水)】 「トラックバック数日本一」の誉れ高い眞鍋かをり嬢のブログ『ここだけのはなし』の12日付けの記事(彼氏自慢コンテスト)に笑ってしまった(>こちら)。確かにいるワな、こんなヤツ。
2005_07-13 と言いながらも「じゃあ、オマエは大丈夫なのか?」とツっこまれると、途端に自信がなくなってしまうのが、我ながら情けないところだが。でも「捕らぬ狸の皮算用」とか「二階から目薬」「河童の川流れ」「四面楚歌」の意味くらいは知ってるぜ(ちっとも自慢にゃならないが)。

 まァ、ことわざとか格言とか四字熟語とか、日常では、そうたびたび使うモンじゃないからな。知らなくても、生活していく上では、あまり大した支障はないだろう。でも、30歳過ぎて格言の一つも知らないヤツってのは、やっぱ「オマエいいのか、それで?」とツっこみたくなる。
 案外こ〜ゆ〜人って、ことわざを知らない代わりに、若者が使う流行り言葉とかは、結構知ってたりするんじゃないだろうか。でも、仮にそうだったとしても、あんまり自慢にゃならないと思うな。よく、テレビのバラエティー番組なんかでは「知らないと時代遅れだ!」みたいなノリでクイズにしたりしてるけど、若者言葉って、あくまでも、若いヤツら同士“だけ”で通用することを前提として成立しているコミュニケーション言語だからね。若いヤツらとしては、内心「そう簡単に上の世代に理解してほしくない」と思ってると思うよ。

 ちょっと話がズレたけど、世間的には、30過ぎの男には「多少は長く生きてきたんだからネ、オレは」と胸張って言えるような知識と経験が求められるワケで、やっぱり常識的な格言くらいは知っておいた方がイイと思うな。

 ただね。この“彼氏さん”に限って言えば、存在としては非常に貴重だと思うので、眞鍋の言う通り、オレも「ずっと、そのままでいてほしい」と思う。ことわざ辞典など、くれぐれも、お買い求めにならないように願いたい。

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登っていいとも。

【7月12日(火)】 仕事が少々たて混んでるもんで、ここ数日、夜遅くまで机やモニタに向かうような状況になっている。で、昨夜もキーボードをパチパチやっていたら、ゆ〜っくりと動く白いモノが、視界の隅に入ってきた。
 イイ歳こいて臆病なモンで、深夜一人でいる時にそんなのが見えると、妙に不安になってしまう。そ〜っとそちらの方に目を向けたら、窓ガラスの向こう側にヤモリがへばり付いていた。
 ウチは田舎だから、家の周りには、いろんな生き物が住みついている。ヤモリだって珍しくはないのだが、今いるココは2階なのだ。フ〜ム、ヤツらは2階くらいの高さなら、平気で登って来てしまうのか。意外に垂直方向の行動範囲が広いようだ。

2005_07-12 ヤモリは、手足の指が吸い付くようになっているので、こういった垂直の壁面でも楽々登れてしまうわけだが、考えてみれば大したモンである。その点で言えば、ヘビやトカゲとは“格”が違う(どんな“格”だ?)。
 ヤモリは漢字で「守宮」とか「家守」と書く。昔の人は家の守り神みたいに思ったからなんだろうが、確かにこうやってへばり付いている格好は、家を守っているように見えなくもない。なかなかウマいネーミングだと思う。

<写真>砂目状に見えるのは、表面がでこぼこしてるガラスのため。それにしても、考えてみれば、コイツらの「腹側」はよく見るが「背中側」ってのはあまり見たことがない。

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夜店は不滅。

2005_07-09【7月9日(土)】 ウチの地元では、今日明日と夏祭りである。以前は7月11日と決まっていたのだが、神輿を担ぐために会社や店を休むようなご時世ではなくなったからだろう、いつの頃からか、7月第2週の週末に行うようになった。
 要するに、神様よりお客様・お取引先様の方に高いプライオリティが置かれるようになったワケだが、故・三波春夫センセーのお言葉通り「お客様は神様」なワケだし、社殿の奥に鎮座まします神様はコチラからお賽銭を上げなければならないのに対し、お客様の神様はアチラからお金を持って来てくれるのだから、どちらが「ありがたみ」を実感するかと言ったら、そりゃお客様の神様に軍配が上がってしまうわけで、まァ仕方ないだろう。それに「会社」にも「社」(やしろ)の字が入っているからな。仕事を優先させても、まるっきり不信心者というワケでもあるまい。

 とまァ、ど〜でもイイ事を書き連ねてしまったが、夕方、ふと思い立って、中心街にある八幡神社(“猫目”にも登場する神社)へ足を運んでみた。ガキの頃は、境内の夜店に連れて行ってもらったものだが、大きくなってからは足が遠のいた。一緒に行くようなカノジョはいなかったし。子供でもいれば来る機会はあったかもしれないが、未だそうじゃないからな。まァ少なく見積もっても、25年は全く足を向けていない。

 だから「今でもやってんのかな」と一抹の不安があったのだが、あにはからんや、行ってみたら、小雨が降るあいにくの天候にもかかわらず、昔と同じ様な賑わいと香りがそこにあった。さすがに、40代のオヤジになった今のオレの目には、子供の頃の記憶より小ぢんまりして見えたし、家族連れより中高生が多かったが、なるほど、このテのモノは、そう簡単にはスタれないのだな。

 「灯台もと暗し」だった自分をちょっと反省しつつ、写真を何枚か撮った後、神社近くにある、同級生経営の喫茶店で休憩。ちょうど来店していた別の同級生にも、30年ぶりくらいで再会した。

 いろいろ行動を起こしてみるモンである。

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『機動戦士Zガンダム/星を継ぐ者』を観る。

【7月8日(金)】 最近、東京での用事を済ませた後、映画を見ていくことが多くなった(「早く帰って仕事せェ」との声も聞こえてきそうだが……)。そんなワケで今日も、ちょっと遅くなってはいたが、渋谷ジョイシネマへ行って、20時40分からのレイトショーを見ることにした。最近、この「レイトショー」って制度を導入する劇場が増えてきたが、オレのような金欠フリーランスには非常にありがたい(例えばココの場合、通常1,800円のところが1,300円で見られる)。

 で、何を見たかっていうと『機動戦士Zガンダム/星を継ぐ者』……スマンね、オタッキーなヤツで。でもワタシゃ、Z(ゼータ)ガンダムって結構好きなのですよ。なかなか内容がハードなモンでね。三枝成彰さんの音楽もイイし。
 ただねェ、コレはTVでは全50話あるんだけど、最初見た時は、何がどうなっているのか(例えばドコとドコが戦ってるのか)サッパリわからなかった。登場人物もやたら多いし。再放送を見て、本なんかも読んで、ようやく理解に至った。だから、その意味で言うと、コレは“非常に不親切な作品”である。

 映画にまとめられる際、その辺がどんな風に“改善”されるかが関心事の一つだったのだが、見てみたら、ちっともわかりやすくなっていなかった。たぶん、TV版を見ないで初めてコレを見た人には、サッパリわかんないだろうな。もっとも、その“わかりにくさ”がZの“持ち味”であるとも言えるのだが。

2005_07-08 もしかしたら、後に続く2作品(本作は3部構成。2は今秋、3は来春公開)では、ストーリーが変更されたり、もう少しわかりやすい構成になるのかもしれないが、それだったら尚更、導入部にあたる「1」は“初心者”にもわかるようにした方がよかったと思う。一部の絵を描き換えるよりは、いっそ全編新たに描き直して、丸っきり作り直したほうがよくはなかったか。それとも、富野さんは最初から“万人受け”は狙っておらず、コアなファンだけ見てくれればイイと思ってるのだろうか。

 とまァ、こんな風に書くとかなり否定的に読めたかもしれないが、個人的には、前述したようにTV版が好きなこともあって、結構楽しんで観たことは確かである。一応、付記しておく。

作品とは関係ないハナシだが、富野由悠季監督って、年を重ねるごとに、頑固じいさんっぽくなっていくなァ……

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NSPの頃。

【7月6日(水)】 往年のフォークグループ「NSP」(ニュー・サディスティック・ピンク)のリーダー、天野滋さんが亡くなられた。ビックリしたと同時に、今更ながら「オレも年を取ったんだなァ」と実感してしまった。

 オレにとってNSPは、中学生時代の記憶とリンクする。中2の時だったか、「深夜放送を聴きたい」というタダそれだけのために、オレは1石トランジスタラジオを組み立てた(当時、ウチには、デカい据え置き型のラジオしかなかったのだ。それにしても「1石」なんて呼称、今じゃ理科好きの少年でもなじみがないだろうな)。その、小さな“石鹸箱ラジオ”のイヤホンから聞こえてくる曲の中に、NSPの『さようなら』や『あせ』があったのだ。そしてオレは、彼らの曲が大好きになった。

2005_07-06 NSPのヒット曲といえば『夕暮れ時はさびしそう』だが、オレは正直、あまりイイと思わなかった。オレにとってのベスト1は、ライブアルバムの中に収録されていた『ぼくの夏休み』である。その頃の気持ちに、この歌の詞が、何ともググ〜ッと来てしまったのだ。ウ〜ム……オレも当時は、まだまだスレてはいなかった。

 しかしその後、オレはNSPをいつの間にか聴かなくなってしまった。理由は今となってはワカラナイが、おそらく、高校生になってから、その詞の“甘さ”が気分と合わなくなったからだと思う。

 そして何年か後、風の便りで活動停止の噂を聞いた。

 それだけに、一昨年辺りだったか、活動再開の報を聞いた時には、あまりに唐突で、少なからず驚いた。とはいえ、オレの中では完全に“過去の人々”になってしまっていたので、それ以上の関心はわかなかった。
 だが、天野さん急逝の報に接したら、往時の思い出がいろいろよみがえってしまった。ナンだカンだ言っても、やっぱりオレの中学時代は、NSPの曲と共にあったのだ。気持ち的には、ついこの間の事のような気がするのだが、よ〜く考えたら、もう30年以上経ってしまっているのだ。ガクゼンとする。時はドンドン過ぎていく。それは当然のことなのだが、何だか哀しくもある。

 天野滋さんのご冥福をお祈り致します。

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1年経ちました。

【7月4日(月)】 本日は“バースデー”でございます。……と言ってもワタクシのじゃあございません。この『つれづれ さらみな日記』のバースデーなのでございます。
 以前、ホームページでやっていた日記を3カ月ほどお休みした後、ブログに衣替えして再スタートさせたのが、昨年の今日、7月4日。あれから早1年経ってしまったワケで、月日が経つのは、まァ速いモンでございます。

2005_07-04 それにしても、この間には、何度も更新が滞りました。読み続けて下さっている皆様には大変ご無礼致しましたが、それでもなお、多くの方々にご愛顧頂いているようで、ただただ「感謝」でございます。
 それに加えて、ど〜ゆ〜理由かワカリマセンが、先月辺りから、急に1日あたりのアクセス数が増え始めました。この、ただボヤき続けるだけの駄文日記を、新しく読み始めて下さった皆様にも、厚く御礼申し上げます。

 今後も、なるべく頻繁に更新したい……と頭では思っておるのですが、何せ元来のナマケモノなので、なかなかその通りにいきません。諸事情から、また更新が滞ることもあろうかと思いますが、長い目で見守って頂ければ幸いに存じます。

 今後ともよろしくお願い致します。

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