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2010年9月 3日 (金)

ツイッターで“エセ歌人”

更新をサボってるうちに、ココログの機能がずいぶんとパワーアップし、そのせいでコントロールパネルも様変わりしてしまい、何だか浦島太郎な気分です (-_-;)。

2010_0902_2さて、実はサボっている間にワタクシ、流行りの「ツイッター」なるモノを始めました。

とはいえ、これまで「ツイッター」ってどうにも好きになれず、周りがどんどん始めてるのを横目に、ボクは敢えて避けてきました。だって「ランチなう」とか「電車なう」とか言われても「だから何なんだヨ!」って思いません?

これ全て「tweet」を「つぶやき」と訳したことに始まる“弊害”だと思ってるのですが、その一方で、何でまた、誰も彼もがコレにハマり、極私的な事をズラズラ世間に晒しているだろう……と不思議にも思ってました。

で、考えていたら、ふと閃いたのです。このように、短い文で私情を公表する行為は、昔から日本で行われていたじゃないかと。短歌や俳句です! 話は古いですが、平安時代には短歌をラブレターにしてたそうですし、もっと後の世になっても、サムライが腹切る前に「辞世の句」を詠んだりしましたもんね(コレはあまりイイ例えじゃないかな)(^_^;)。

また、短歌や俳句ほどオープンかつ文芸的でなくても、葉書に書いてやり取りするくらいは、これまでも日常的に行われていたワケで、そう考えると「短い文による表現」というのは、日本人の気質にピッタリハマるモノだったんじゃないでしょうか。

今、葉書のやり取りに相当するものは「メール」ですね。自分の思いを公表したいという欲求に応えるツールとしては、これまで「ブログ」があったワケですが、もっと気軽で簡単に使える「ツイッター」が登場したことで、支持がコチラへ流れたのだと思います(文字数に制限があるのも、短歌・俳句に通じると思います)。


……とまァ、そんなように“分析”はしたワケですが、それでも、ど〜でもイイことを「なうなう」つぶやく傾向は、やっぱり好きになれかったのですね。

でも、ある日「ツイッターで短歌を詠んでみたらどうだろう」と思い立ったのでした。

ボクが「なうなう」言うだけの日常雑事のツイートを今一つ好きになれないのは「読んで面白くないから」ですが、たとえ日常的な内容でも、ツイートに文章的工夫があれば、読んだ人が少しでも面白く思うだろうと。それなら、短歌や俳句が手っ取り早い。ツイッターが現代の短歌・俳句なら、ズバリ、それをツイートするのが一番合っているだろうと……。
調べてみたら、実際、ツイッターで短歌や俳句、川柳などを詠んでいる人は、結構多いことが分かりました。

で「オレも試してみよう」と始めてみたワケです。そうしたら、意外なほどしっくりハマってしまい、自分で驚いてしまいました。


というワケなので、よろしかったら、ツイッターのアカウント「SALA_UTA」をご覧になってみて下さい(左列のメニューからもアクセスできます)。

http://twitter.com/SALA_UTA

とはいえ、まァ、突然始めた“エセ歌詠み”なので、心に染みるような歌はありません。あんまり期待しないで下さい (^_^;)。

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コメント

>山上さん
ありがとうございます。こちらからもフォローさせていただきました。ダイレクトメッセを送ったので、読んでね(^_^)。

投稿: saramy | 2010年9月14日 (火) 23時22分

フォローさせていただきました! 今までのツイート、全部5・7・5・7・7なんですね! すごすぎる!

投稿: 山上裕子 | 2010年9月14日 (火) 18時49分

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